京劇と云われる北京オペラと対比されて語られる南管オペラは、十二世紀に中国の福建、泉州、厦門に始まるという。
三メートル四方の狭い舞台で繰り広げられる舞は、同時代に隆盛した人形劇の吊り人形の振りなども取り入れられ、手足の優雅に洗練された動きが特徴的である。音楽は銅鑼を用いた大編成の北京オペラと違い、縦笛、琵琶、二絃、三絃、拍板の五人編成といたってシンプルだ。
その南管オペラを受け継ぐ台湾の江之翠劇場(Gang-A Tsui Theater。2001年そして今年、日本公演が行われている)の主催者が、チョウ・イーシャン氏が1995年に私共が行なった台湾公演を観られたという。それが縁になったのだろう。去年暮れと今年、彼の劇団の二人のメンバーが私共の舞踏講習会に参加された。
江之翠劇場の団員たちの、公演以外のウイークデーの稽古は八時間。踊り手(役者)は全員楽器もマスターするとのことでした。
友惠しづねと白桃房の講習会
一日三時間、週四回の稽古を六週間。講習生一人に私共の踊り手二人が日替わりでメンバーを代え稽古にあたります。担当講師が一人でしかも専任で教えるとなると、どうしてもその踊り手の持つ体の癖も講習生に伝わってしまいます。より多角的にアプローチするためにも講師は複数必要になってきます。
また私共は過去、数百人の受講者に舞踏を教えた経験から、思考が優先しがちなコンセプトよりも受講生が舞台で即役立つような実践的なシステムを取り入れています。どちらかというと既に舞台経験をお持ちのプロ向きの内容です。
稽古は受講者の要望、キャパシティーに応じプランニングしていきますが、講習期間が限られているために講習内容は密度が濃く分量も多くなります。そのため、講習生には必ず復習の時間が必要になります。
昨年暮れ「友恵しづねと白桃房」の講習会を受講された二十代半ばのヤランは幼少からモダン・ダンスを習い、国立台湾芸術大学で北京オペラを専攻していたとのこと。
期間中、彼女には私共の地元の小学校での公演、ワークショップにも出演してもらいました。
彼女は私共の舞踏の難易度の高い振付けも、目を見張るほどの速度で吸収してゆきます。自身で舞踊グループを主宰しているとのことで、私共のメンバー
に、習ったばかりの振付けを施し、小さな作品も創ってしまいます。
三十歳を少し超えた、現代の日本人が忘れてしまったような繊細な神経の持ち主のミンイ女史には幾つかの基本となる舞踏体(踊りのための体の管理法とその実践)とヤランにとは違う踊りを四番振り付けました。音楽への造詣が深いミンイには、彼女のドンシャウ(竹製の尺八に似た縦笛)演奏と私共メンバーの踊りとの即興の稽古。また舞踏のメンタル面にも興味を示す彼女には、既に自身の体に備わっているイメージを引き出してみるという取り組みもしてみました。
ややもすると理屈が先行しがちな「舞踏」という世界ですが、私はあくまで「体で考える」ことが第一義だと思っています。
彼女たちの体から醸し出されるテクスチャーは、私共のそれとは違いました。しかし、それぞれの文化を血肉化している体は、その違いこそ大事にするべき
ものと、私は考えます。
今日、台湾でも大流行の宮崎駿の、『ジブリ美術館』に行くのを楽しみにしていた彼女たちですが、踊りに対する姿勢には生真面目でひたむきなパワーを感じました。
台湾と中国の関係が今後どのようになるのか私には分かりませんが、稽古を通じて彼女たち民族の未来への胎動を感じる想いがしました。
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