私(フォーク・ギター)が吉沢元治(ジャズ・ベース)と即興デュオ・グループ(エンプティー・ハット)を組ませていただいていたことから、私が主宰する舞踏カンパニーも即興音楽家達と数多くのコラボレーションを行ってきました。
即興演奏は打ち合わせなしのノン・コード、時間無制限のセッションです。極端な話、初対面の相手でも音を一音聴いただけで、相手の力量、人間性、精神構造、気分、思惑などが一瞬で分かります。勿論、相手にも自分のことが包み隠さず知られてしまいます。こう弾こうなどとの意識の速度では間に合わず、無意識領域も含めてのコミュニケーションになります。
観客から料金を払って貰っているので、デュオでも最低一時間半、演奏者が増えれば三時間半、神経を張りめぐらせる演奏は、終わってから身も心もズタズタになっています。ですけど、このために生きていたというような爽快感が残ります。
修羅場を潜り抜けて来たアウトロー達が多く、始めた当時、私は何処へ行っても何時でも年下、怖い想いをさせられていました。
ライブ・ハウスの楽屋では「真剣で戦わなくちゃ駄目だよ。だけど、殆どの奴は竹刀な。背中からバッサリ切られていても、気付かない者もいる。この前、あんたの公演にゲストで出てた舞踏家な。あれは前はあるけど後ろはないな。ドラマーによくいるタイプだよ」と、私と年齢は親子程離れていますが、一緒にバンドを組んでいるジャズベースの吉沢元治。
「たまに、骨までは切らせないが肉くらいは切らせてもいいなって、思う奴はいるよ」と、ドラマーのジョー水城(みずき)さん。
「(演奏が)駄目な奴から一人ひとり、間引いて行こうぜ」と、坂田明さん。冷や汗ものである。
即興演奏にメソッドがあるのか?と訊いてもおそらく応えられる人は少ないだろう。コード内の演奏を追求し尽くしてそこに辿り着いた人。さしたる理由もなく初めから出来てしまう人。
ニューヨークのコンテンポラリー音楽シーンのトップギタリスト、エリオット・シャープに「共演する時、相手をどこでとらえる?」との、私の音楽雑誌のインタビューで彼は、「体感」と一言。
独自なスタイルを持つ韓国のサックス奏者、カン・ティーファンに「あなたの演奏メソッドは?」との私の質問に彼は、「メソッドは後から出来る」と、確信を持って答えた。彼は毎晩瞑想しているとのことでした。
彼等の発言は直裁的であり、身体的であり、感覚的である。
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友惠しづねと吉沢元治 |
私と吉沢の演奏中の身体感覚はグループ名が示す通りエンプティーであり、からだの内と外が互いに流通しているような、時に自分の出す音と、相手の出す音が互いにどちらの音でもよいという感覚を生じさせる。自分という意識にこだわらない「抜け殻」のようなからだ感覚。意識を越えて互いの無意識を共有している、そんな意識で互いが支えられているような感じもする。土方のいう「風通しの良いからだ」に通じます。
ただ、これは吉沢と私が、軽い充実感に浸るでもなく持て余すでもない空隙に、それとなく言葉で確かめ合ったことで、他の音楽家には、ちょっとズレているんじゃないと思う人もいるでしょう。理屈を捏ねる前に音をだせよ、そういう世界ですから。
私は高校生の時に「あなたも四ヶ月でギターが弾ける」という通信講座を受けました。社会人と違って高校生辺りだと、猛然と頑張っちゃう訳です。それでも、終わらせるのに一年掛かりました。勝手な癖がつくのが怖くて、ギター・スクールにも通いました。習いに来ているのはOLと会社員ばかりで、皆さん練習する時間がとれないわけです。もう、その場ではダントツに上手い私を、皆は好奇の目で眺めていました。女性から話しかけられたりすると顔を真っ赤にしていました。
教室が終わってから、ある男性会社員から喫茶店に誘われたことがありました。その方の指は怪我のために曲がっていました。それでも、その大人の男性は私に、音楽への夢を熱く語られていました。
教室での講習は、私にとってはおさらいみたいなもので、大した勉強にはなりませんでしたが、先生はクラシック・ギターの方で、親指が外側に反っている私に、(これは少し専門的になりますが)親指に嵌める専用のピックがあるよと、アドバイスしてくれました。これを嵌めれば、指を早く動かしても親指の第一関節が腱鞘炎になることはありません。今でも百円程で市販されていますが、この一言のアドバイスがその後の私のギター奏法を決めました。
吉沢もコントラバスを始めた当初、クラシックの先生に付いたそうです。コントラバスにはバイオリンで使うような弓を用いる奏法がありますが、その弓の持ち方がクラシックとジャズでは違い、自分の奏法の基礎がクラシック出身であることに誇りを持っていたようです。彼は嬉しそうに私に話しました。歌唱のコールユーブンゲン(私も習いました)、ピアノのバイエル、ジャズのバークリー・メソッド。メソッドは、あらゆるジャンルに多々あります。ですけれど、それをマスターしたからといって、だから何なの?いい音を出せばいいだけでしょう。メソッドとは、これから自分という表現を楽しもうとしている人達への一つのサンプル、手引書に過ぎません。大切なのは、自分という個性を如何に謳歌することに役立つか。そこが、ポイントだと想っています。
吉沢と私達のカンパニーの共演は五十回位で、共演音楽家の中では一番多く、その上彼は稽古の段階から参加して下さることもあり、踊り手達に胸を貸してくれました。即興演奏と舞踏のコラボの方法にもアイディアをいただきました。
即興演奏は時間に制約が無いために、新しい境地を発見出来る醍醐味がありますが、演奏が袋小路に入ってしまい収拾がつかなくなってしまうというリスクを抱えています。
私の企画する即興演奏と舞踏のコラボの一つの方法は、例えば一つのシーンを七分に区切り、十シーン繋げ一時間十分の作品として完結させるという方法をとりました。
この方法ですと、作品の負うリスクは大幅に減ります。音楽家にとっても作品の全貌が見える分、演奏の力配分に気を配れます。それに、シーンの切り替えによりその都度、演奏が活性化されます。踊り手にとっても、決められた時間内での即興は、臆せずに自分を表現できます。この方法は、音楽の世界ではポスト・フリーと呼ばれています。共演した音楽家からも好まれましたし、普段、振付けだけで踊っている踊り手達にも、振付けという形からの個性の引き出し方という意味で大変に勉強になります。観客にも親切な方法だったと想います。
実例を挙げます。
ここにA、Bという二人の音楽家と○、□という二人の踊り手がいるとします。 |
第一シーン |
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Aと○でコラボします。 |
第二シーン |
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Bと□でコラボします。 |
第三シーン |
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AとBの演奏のみ。 |
第四シーン |
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Aと○と□。 |
第五シーン |
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Bと○と□。 |
第六シーン |
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AとBの演奏のみ。 |
第七シーン |
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無音にて○と□の踊りのみ。 |
第八シーン |
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Aと□、Bと○、それぞれのコラボを同じ舞台で同時にやる。
この場合、一見、場に流れる演奏音はメチャクチャに聴こえそうですが、音楽家同士は、無意識に聴こえてくる相手の音に感応しているために自然とアンサンブルをとってしまっている。 これは吉沢と実験したことから生まれた、音楽家の習性を利用した方法です。 |
第九シーン |
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振付けを踊る○と□に、AとBの即興演奏が絡んでいく。 |
第十シーン |
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AとBと○と□の自由な即興コラボ。 |
あるライブで、二人の演奏家のソロ・シーンは創らず、そのために演奏家は休みなく演奏を続け、相手の踊り手は四人という構成作品を創ったことがあります。
それぞれの踊り手は自身の出番前からテンションを上げ切ってステージに登場してきます。その場の変換に瞬時の対応を迫られる音楽家は、相手がビギナーとはいえ、土俵際に追い込まれます。
ある空手の昇段審査の折には、その乱取りに、時間交代で新しい相手が入れ替わり立ち代わり現れるといいますが、この時の音楽家達は正にそれを体現したことになります。
終わってから吉沢は、今回はきつかったと、顔面蒼白です。この構成を創ってしまった当の私自身も、疲れ果てて声も出せない有様でした。このコラボ・メソッドを試してみようとする方は、出演者の精神的、肉体的状況を考慮されることが望まれます。たとえ、修羅場を潜り続けた老練な一流音楽家といえども、舞台創作の戦略如何では年若いビギナーの踊り手にも押し切られるのです。観客はスリルを味わえたのかもしれませんが。
私が創った演奏家と身体表現者とのコラボ・メソッドは、何も舞踏家の公演に対してだけ適応できるものではないと思います。体表現の可能性を追求している多くの方々に、それぞれの創意工夫を盛り込んだチャレンジをして欲しいと想っています。
メソッドとは、それに縛られるものではなく、人との巡り逢いにより人それぞれの個性を謳歌するための契機になれば良いものだと思います。
踊りでは土方舞踏のメソッドを継ぐと自負する私も、彼のメソッドをそのように捉えてきました。今という時代を生きるなかで多くの人々の影響を受け続けています。
友惠しづねプロフィール
ギタリスト、作曲家、舞踏家、振付家、演出家。
日本フリー・ジャズ界の草分け的存在、故・吉沢元治に伝説のサックス奏者「阿部薫以来」と絶賛され、同氏と即興デュオ・グループを結成。
ジョン・ゾーン、ハンス・ライヒェル、小杉武久、高木元輝、坂田明、梅津和時、井上敬三、大友良英、灰野敬二、天鼓、キム・デファン、石塚俊明(頭脳警察)など多ジャンルの多ミュージシャンと共演。
舞踏の創始者土方巽のメソッドを唯一受け継ぐ舞踏カンパニー「友惠しづねと白桃房」を主宰し、「友惠メソッド」を確立する。自らが振付け、演出、音楽を担当する作品では、アデレード・フェスティバル、エディンバラ・フェスティバル、グレイム主催のフェスティバル "Biennale Musiques en Scene"などに出演し高い評価を得ている。
同カンパニーはロック、ジャズ、フォーク、邦楽、クラシック、現代音楽、民族音楽など百人を超えるミュージシャンとのコラボレーションを行っている。
→即興音楽と舞踏 友惠コラボメソッド 2
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