台北国立実験劇場での「南管オペラ」公演
11月23日から26日に計5回、台北国立実験劇場で行われた周逸昌氏の主宰する「江之翠劇場(ガンツィン・シアター、劇団名)」の「朱文走鬼」公演は連日ソウルド・アウトとなる盛況振りであった。
「江之翠劇場」は「南管オペラ」という中国福建省に始まる伝統演劇を現代に継承する台湾の劇団である。京劇の200年に対し800年という長い歴史を持つこの演劇は戦後、台湾、中国それぞれの政治情勢により衰退しかけた時期もあった。
手足の繊細な仕草を駆使した踊り、唄、芝居、音楽を織り交ぜた総合的な舞台アートは優美な中にも土着的な力強さをも備えている。
元々、男性によって演じられてきたこの演劇は、「アクティブな女性」というグローバルな時代の趨勢を反映しているのか、今日では女性の継承者が主を占めている。「江之翠劇場」も小太鼓、銅鑼、縦笛、横笛、琵琶、三絃、二胡という7人の伝統楽器奏者と4人の俳優の内9人までが女性が担当している。
私がこの劇団の公演の演出を依頼されたのは今年の春のことだった。
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「江之翠劇場」と舞踏
私達と「江之翠劇場」との関わりは、私達舞踏カンパニーのメンバーが1995年に台北で開催した舞踏公演、講習会にこの劇団の主宰者の周逸昌氏が参加されたことが縁になる。恐らく、私達は舞踏を台湾で紹介した初めてのカンパニーになるのであろう。
その後、彼の劇団の2人のメンバーが相次いで東京の私達の稽古場に舞踏の研修に来られ、今年2月、7月には、私達が彼が主催する台北での舞踏講習会に赴くことになる。日本−台湾、それぞれが持つ文化を浸潤させるのに比較的余裕のある時間を共有出来たと思う。
20代前半〜30代のお美しいお嬢様達(勿論、数少ない男性も紳士な方達だ)は皆、真摯に舞台アートを追求されている方々で、私も彼等を通じて台湾文化を知ることが出来たことを幸運に思えた。
彼等が発する体のテクスチャーは同じ東洋人といいながら日本人のそれとは微妙に違う。その体の素直さは台湾の突き抜けるような明るい気候と、ブレることのない中国思想の確信に満ちた意思を体現しているようであった。
2月15日には台北の彼等の劇場と東京の私達の稽古場をテレビ電話会議システムで繋いだ「テレ・プレゼンスVol.22」公演が行われる。
8月8日には陽明山の山房で彼等の舞踏の発表会が催された。踊りのグループが自前の音楽家を抱えていることはライブにおいて圧倒的な強みを持つ。この時も私の作曲したテープ音楽に交え加わった、彼等の個性的なライブ演奏が舞踏の新しい局面を開示させた。
踊りに限らず、一つの表現ジャンルでルーツとか系譜という序列的カテゴライズが行われ始めると、表現本来が持つ自然な生命力を不用意に措定することに成りかねない。例えば、ブルースやジャズ・ミュージックがそのオリジナルの属性にアメリカン・ニグロのソウルをオリジナルとして過大視すれば、それを演奏する他の国々の音楽家達はコピーという憂き目を負わされることになる。このような閉塞された状況が今日のジャズの衰退の一要因になっている。
世界の一人一人が持つ大切な体の表現にオリジナルもコピーもない。現に台湾人である彼等の舞踏は己の体に備わった文化のオリジナリティーを知らぬ間に、そして存分に発揮しながら生き生きと謳歌している。
もし、舞踏がユニバーサルな体表現の可能性とその共有を希求するなら、民族、国家というカテゴリーを超えてこそ本望の筈だ。
「陽明山」の舞踏発表会での体が発現する「江之翠劇場」の皆さんのテクスチャーは、そこに一緒に参加させて頂いた私達のメンバーである芦川羊子、天乃宇受美と違う。DVDを見ていただければ瞭然のことだろう。日本人の体の方が湿潤で重いのである。体という生き物は正直に風土を表象するものである。
だからと言って、どちらが上も下もない。一緒に今、皆が踊っているという事実が大切なのだ。
私の振付け法は、常に踊り手個人と向かい合い、その人が内在している美の可能性を如何に引き出すかに専念する。形に当て嵌めることはない。
私が生きている限りは、舞踏においてオリジナルとコピー等という安直なカテゴライズは誰にも許さない。
それにしても「江之翠劇場」の皆さんの舞踏は半端じゃない。私達より魅力的だよ。
「朱文走鬼」
「朱文走鬼」の脚本は1953年に泉州の田舎で活動する「南管オペラ」の女優により発見された。当初不完全であったこの脚本は1954年林任生氏により纏められ1955年に呉捷秋氏の演出で初演された。中国語で鬼とは幽霊のことをいう。
その昔、操を守るために娼館で虐待死された娼婦(一粒金)の幽霊と、今は寂れ果てた旅館になった娼館の一室に宿を取る、仕事を求めて旅する貧乏な書生(朱文)との恋愛ファンタジーである。
第一部。
深夜、朱文の泊まる部屋に、消えてしまった蝋燭の明かりを貸して欲しいとの口実で部屋に入り込む可愛いがちょっと強(したた)かな一粒金の幽霊。純朴でどこかトロイ男・朱文との間で、二人は永久の愛を誓う。黎明の別れ際、一粒金は愛の証として小金が入った刺繍入りの財布を朱文にプレゼントする。
第二部。
あくる日、旅館のごうつくばりの女主人とちょっと気のいいその亭主に、朱文は落としてしまった刺繍入りの財布を拾われる。「この財布は、昔殺してしまった一粒金の棺に入れたもの。あの書生は墓場荒らしに違いない。」怒った主人夫婦は朱文を追求する。朱文にしてみれば身に覚えのないこと。娘・一粒金との結婚を許さないための言い掛かりと思う。すったもんだの挙げ句、三人は一粒金の幽霊が現れたことを知る。怯え許しを請う主人夫婦。一目散で逃げるように宿を後にする朱文。その朱文を血相を変えて追いかける一粒金。
第三部
黄昏の村外れ。「ここまで逃げて来れば、もう安心。」と、ほっと息を付く朱文の前に事も無げに現れたのは一粒金。「さー、どうしてくれよう。まさか、あなたは私との永久(とわ)の愛の約束を忘れようって訳ではないでしょうね。」もともと、どこかトロい男・朱文。大地に根差すような女性性を持つ女幽霊・一粒金に言いくるめられたのか、生死を超えてロマンスを求め続ける男の弱さを表象しているのか、二人は手を取り合って彼方へと誘(いざな)われる。
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「朱文走鬼」の演出
生死の狭間で繰り広げられる幽霊と人間のラブ・コメディー。私は脚本を読み込むうちに、これは単なる喜劇ではない、伝統芸能の骨子に密かに内在する尋常ならざる力を感じた。
異説はあるが、「南管オペラ」は庶民の間で培われた芸能である。中国の幾多の歴史の変遷に振り回され続けた生活者。その土地に根付き生き続ける庶民というパワーが、時に悲惨な現実に見舞われながらも、それを乗り越えるために喜劇として昇華させ得たアートではないのかと思えた。
また、古典作品とはいいながら、例えば現代の日本には売られて来た東南アジアの子女達が日夜悲惨な仕事を強いられ、自殺する人もいる。職を求めて不法入国した男達は搾取され閉塞した生活を送る。そうした人達の現状にとって「朱文走鬼」は今尚リアリティーを持つ物語、と解釈することも出来る。
日本でも似たような状況に見舞われていると思われるが、古典芸能である「南管オペラ」も若者の観客が遠のいているのが現状のようだ。「江之翠劇場」の主宰者である周氏も「南管オペラ」を正確に伝承しながらも、よりユニバーサルなアートとして紹介していきたいとの意向を持っておられたようだ。
前衛アートである舞踏家の私を演出家として抜擢した理由もそこにある。しかし前衛と目されながらも、私は所謂「奇を衒った」意匠は嫌ってきた。自らのカンパニーの踊り手には舞踏の象徴とされる白塗りメークや裸は止めてきた。それは、踊り手自身に内在する隠れた魅力とパワーを引き出すことによって観客とより密なコミュニケーションを図るためである。一見観客に対して「奇を衒う」意匠は馴れれば画一化した「虚仮(こけ)威し」に過ぎない。それより、時間と手間は掛かるかもしれないが、その踊り手の個性を丹念に引き出すことの方が、踊り手一人一人にとってもそれと関わった観客の得るであろう充実感のためにも実のあることと考えた。
台北国立実験劇場はニューヨークの「キッチン」のようなブラック・ボックスだ。私は其処にこれ又黒一色の浮き島のような能舞台を設営した。コンクリートの壁は剥き出しのままである。この舞台に出演者は晒しもののように立つことになる。
飽くまで、その人が持ちその人を表象し、休む事無く生成し続ける体の可能性を探求する私の、何時もの演出法だ。物語を説明する意匠は省くようにした。
舞台美術は大まかな寸法は私が提示したが、決め所となるディテールは台湾の新進美術家の黄怡儒氏が受け持った。彼はルイ・ヴィトンのイベントの舞台をこなすなど、所謂、売れっ子だが、彼の出す寸法は的確でありモダンに仕上がったその舞台には才能を感じさせた。
衣食住をトータル・テーマに台北を中心に創作活動をする鄭氏の衣装は、染めの技法にこだわり、その淡いテクスチャーは舞台環境と出演者の人間性を無理無く馴染ませるものであった。
私は今回の舞台では、メイクにしろ衣装にしろ、なるべく「南管オペラ」の持つ伝統的意匠を排除するよう努めた。出演者個々の日常まで含めた創作のプロセスをもプレゼンテーションするためである。中国から来られた「南管オペラ」の指導者・洪美玉先生の温かい御賛同が得られたことは何よりであった。
勿論、私の演出始めこれら実験的舞台の裏方達のアイディアは、周氏と「江之翠劇場」の皆さんの舞台アートに対する真摯な姿勢と情熱に支えられたことは言うまでもない。
また、私達のカンパニーのメンバーである芦川羊子も、この作品の狂言回し役として参加させて頂けたことも嬉しい限りである。
自分で言うのも何だが、とにかく凄い拍手で、出演者、裏方共々皆とてもハッピーになれた公演であった。しかし、舞台アートはお金が掛かるもの。主宰者でありプロデューサーの周氏の太っ腹には感謝するばかり…。
この舞台のDVDは近々発表される予定である。
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「朱文走鬼」
プロデューサー 周逸昌
演出・振付 友惠しづね
演出助手 天乃宇受美
アートマネージャー 加賀谷早苗
衣装 鄭惠中
美術・照明 黄怡儒
出演 魏美慧、林雅嵐、温明儀、陳玉惠
芦川羊子
演奏 陳佳(南鼓)、徐智城(琵琶)、林世連(二紘)
林偉驕i二紘)、廖于濘(銅鑼)、陳品綺(三紘)
林茜(笛)